◆間奏「葬儀を終えて」より抜粋
「一緒に泣くだけが優しさじゃない」
思わず振り向いたセリフィアに、ヴァイオラは柔らかく微笑んだ。彼女は片手を伸ばして手のひらで彼の目を覆った。
「…考えなくていい。感じてごらん。その怒りはどうして生まれたのか。それはどこからやってきたの」
囁きに近い柔らかい口調だった。
セリフィアの唇が震えた。ほんの数秒、だが彼にとっては長い長い沈黙のあとで、セリフィアは一息吸い込むようにして話しだした。それはまるで子どものようにおぼつかなげだった。
「ハイブは……ラストンを襲った。ラストンには母さんと弟が残っていた。大事な家族……。数少ない味方……。母さんはいつも俺をかばってくれた。俺が何をしても受け入れてくれた。魔法を使えなくても、だれかを殴っても。すべてを許して受け入れてくれた。母さんだけが。……ハイブが! ハイブさえいなければ母さんは……」
彼の頬を涙が伝った。
声を殺して彼は泣いていた。<続く>
◆第七話「錯綜」より抜粋
向こうのセリフィアはひどい有様だった。二対一という数の、そして手数の劣勢に、流れ出る血で鎧が見る間に汚れていく。そして、隙をついては爪が、牙が襲い掛かってくるのに対し、10フィートソードは振るわれるたびに空を切っていた。
(くそっ、このままじゃぁ……!)
そこへ救いの手が差し伸べられた。窮地を見て取ったヴァイオラがボーラを放ち、見事敵の1体を絡め取ったのだ。そしてロッツがもう1体に矢を放つ。矢継ぎ早に放たれたそれは一本、二本と突き刺さり、飛来した何本目かの矢がハイブの複眼に突き刺さった。抜き取ろうと前肢を伸ばして││それが限界だった。宙を掻くような動きを見せ、ハイブは背中から倒れこむようにゆっくりと崩れ落ちた。
その光景を視界の端で捉えながら、セリフィアは荒い息を整えようと必死になっていた。
(先走りすぎた……)
憎しみに駆られて突き進んだ結果がこれだ。無様としか言いようがない。だが、流れる血と負った傷の痛みが、皮肉にもセリフィアに冷静さを取り戻させていた。ようやくセリフィアにも、敵と仲間の入り乱れる戦場を知覚することができるようになった。
(みんな頑張っている。俺が目の前のこいつさえ倒せば……)
と、血と汗を拭って構えた剣の向こうで、Gがリーダーの後ろに回り込んでいくのが目に入った。彼女もハイブと刃を交えたのだろう、鎧の表面に幾つかの引っかき傷が刻まれている。そして、その体にも。
森の中での光景が脳裏に蘇る。
鎧を着込んだハイブにてこずっていた自分。彼女は自らの傷を顧みずにハイブに突撃していき、そして────。
カッ、と全身の血が燃え上がったかのようだった。
(Gを一人で行かせるなんてできない。……もう、二度と死なせるものか!)<続く>
◆間奏「渡る世間」より抜粋
夕方から彼女は歌を歌いだした。稼ぎはまずまずだった。
ふと、気づいた。奥のテーブルにセリフィアが座っている。手前にジョッキがあるが、彼が酒類を飲むわけがないからお茶か何かだろう。
(うわっ、恥ずかしい……)
Gはまずそう思い、自分の今の格好を見直した。彼女は、実入りがよくなるようにと、宿の主人から借りたドレスを着ていた。胸が広く開いており、下の裳にはひらひらとフリルが施されている。「女装」みたいで、彼に見られるのは恥ずかしかった。
(どうしてここにいるのかな。パシエンスのことがあったから、心配で迎えに来たのかな)
迎えといっても、道を挟んで真向かいの宿から宿に移動するだけなのだが。
もっとも、5分であろうと1分であろうとも、このフィルシムでは事故や事件が起きるには十分な時間だから、「どうして来たんですか」とは聞かずにおいた。
セリフィアはGの歌を聴きながら、ただそれが終わるのを大人しく待っていた。せっかく酒場にいるのだから情報収集でもしたらどうかという向きもあるだろうが、そもそも酒の臭いがだめな彼にしてみれば、酒場にじっとしているだけでも誉めてほしいくらいだった。それに、自分は他人からあまりよく思われないようだから、下手に手を出すよりは揉めごとを起こさないように静かにしていたほうがいいだろう。
Gが着替えて出てきたので、セリフィアは立ち上がって「一緒に帰ろう」と申し出た。Gは頷き、セリフィアと並んで「赤竜」亭を出た。宿に入る直前に、Gはセリフィアに尋ねた。
「明日もサラさんの手伝いですか?」<続く>
◆第八話「エイトナイトカーニバル」より抜粋
久方ぶりのセロ村に一同は足を踏み入れた。
途端に、アルトの動きが止まった。
(なんだ、この魔力は……)
アルト──いや、アルトの中でもう一人が、むくりと頭をもたげたようだった。『彼』は正面をじっと見据えた。視線の先には村長の屋敷がある。『彼』はさらにその下方へ目を移した。
(どこかから魔力を感じる。どこだ……地下……か……?)
1分にも満たない時間だったが、ヴァイオラとカインは早ばやと異変に気づいた。カインは咄嗟に指輪を確認した。まだ白かった。
全然動こうとしないアルトを見て、ラクリマもおかしいと感じたらしかった。彼女はアルトに近寄って、「具合が悪いんですか?」と様子を診た。が、とりたてて悪いところはないようで、ますます首を傾げた。
「おい、アルト、行くぞ」
セリフィアは素知らぬ顔で声をかけた。それでも、知らず、きつめの物言いになっていた。
アルトはハッと我に返った。気弱そうに、両目がおろおろと泳いだ。ヴァイオラは内心ホッとした。だが油断はできない。
「……よく目を離さないでおく」
カインが、小声で話しかけてきた。
「うん、そうして」
ヴァイオラも小声で返した。厳しい表情で、「かなり不味い状態だ。目を離さないで」
アルトはもとのアルトに戻っていた。が、頭の裏側で彼はぼんやりと思っていた。
(そういえば、村の地下に迷宮があるんだった……)
それはアルト自身の好奇心だったのか、それとも『彼』のものだったのか、判然としないまま、彼は、地下の迷宮について今度調べてみたいと思うようになっていた。<続く>
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