親愛なるサラ
この手紙は心の中で綴っています。だからきっと届かないでしょう。出さない手紙を書くというのも変な話です。ああ、今、ここに、目の前に院長様がいてくださればいいのに。けれど話せない。院長様には。本当はお二人のどちらかに話したい。でも、それは甘えなのでしょうね。だから心で綴るしかないんです。
先日、エイトナイトカーニバルと呼ばれる迷宮へ仲間と行って来ました。
この迷宮はサーランド時代に作られたものです。魔術師である市民らが、戦士や僧侶などの能力奴隷たちにチームを組ませ、迷宮のクリアを競わせる目的で作られたらしいと聞きました。中には8つの部屋があり、それぞれ試練があって、それを乗り越えないとクリスタルが手に入りません。クリスタルを8つ集めて正しいくぼみに配置すると、クリアと見なされ、褒美の宝物を手に入れることができます。
8つの部屋は、さまざまな仕掛けやモンスターに彩られていましたが、やはりどうしてもゴーレムなどの魔法生物が目立つようでした。
生物……彼らを生物といっていいのでしょうか。寝ることも食べることも必要なく、年を取ることもない彼らを? 彼らは「本当の意味での生物ではない」と聞いたことすらあります。けれど、私たちと……いえ、人間と彼らとの差違はどこにあるのでしょうか。
部屋のひとつに、ヒュプノスと呼ばれる魔人がいました。3人いて、3人とも見た目はまるで人間の少女でしたが、ヴァイオラさんが「イビル反応がある」と言ったため、他の人たちは有無を言わさず突撃をかけていきました。Gさんだけは立ち尽くしていましたが、あとのひとはみんな。
それは、正しい反応なんだと思います。ええ、あとの出来事を考えても全く正しい処置でした。
でも私にはわからない。
なぜ少しも躊躇わないのか?
こんな、迷宮にいるモノは、どのみちまっとうな人間ではないとわかりきっているから?
彼女たちが本当に人間だったら、少しは躊躇ったでしょうか、それとも?
私にはわからない。
ゴーレムを倒すときも、みんなは容赦しない。私も。きっと。躊躇わない。
でもなぜ?
喋らないから(つまり心がないように見えるから)、ではありません。ヒュプノスたちは話しかけてきたのです。
自分たちに悪意を抱いていたから?
そんな場合でも、生き物を(食用以外で)殺すのには躊躇いを見せるのに、なぜ?
場所が場所だから?
それとも……しょせん、造られたものだから?
「人間は殺さない」
そういうことなのかもしれないと、みんなを見ていて思ったことはあります。
では、どこまでが人間?
ヒューマノイドって、ヒトガタをした魔法生物は入らない? 喋らないから? いいえ。喋る相手だっている。フィーファリカのように。
自分自身を持っていれば特別なのですか?
……自分自身って、なに。どうして特別扱いしなければならないのですか。
ヒュプノスたちが、「自分たちは人間だ」と主張したら?(あり得ないかもしれないけれど)
ヒトと同じ組成を持っていればいいのですか? 仮令(たとえ)それが錬金術で生み出されたものであっても?
ヒトを殺さないって、どういうことですか。
どのみち、血に汚れている。
生きとし生けるものはすべて死肉を屠るもの。
殺さねば生きられない。
それでも、振り返りたい。
躊躇いを残していいのだと、思いたい。ヒト以外の存在でも。
でなければ生きられない。
この涙も造りものなのかもしれない。
本当は存在しないモノなのかもしれない。
いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。私は正しい心で家の中を歩み、私の目は卑しいことを聞きはしない。曲がったわざをまといつかせず、私は悪を知ろうとしない。高ぶる目と誇る心の者に私は耐えられません。御顔を隠されるのはなぜですか。私の日は煙の中に尽き果て、私の骨は炉のように燃え尽きましょう。私の心は青菜のように打たれ、しおれ、パンを食べるように灰を食べ、飲み物には涙を混ぜて飲む。私の日は伸びてゆく夕影のよう。このまま私をお取りください。さもなくば御手のわざにより打ち滅ぼしてください。私は着物を取り替える前にすり切れてしまうから。
私は。いつまで。
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自分でも何を聞きたいのか言いたいのかわからない。
これ以上は考えることもできそうにありません。心に署名してしまいましょう。署名すれば手紙は終わりになる。終わりにすればすべて泡沫と消える。だから。
(『ラクリマ・マテリア』より ◆ 年月初出)