それは内側からやってきた。いつものように外からではなく。
 轟という風の音が胸の中でマットな響きを鳴らす。
 吹き抜けて行かずに音を鳴らし続ける。
 突き上げる悲しみ。何の前触れもなく飛来して。
 いつもの、肌を刺すようなものとは違う。
 チリチリと身を灼くようなものとも違う。
 曇った熱を帯びて、胃の腑が焼き出されるような鈍い痛みとともに、
 地の底に沈んでゆきそうな重みを感じたまま――
 胸が鳴るのはそこが空っぽだから。
 両手で顔を覆う。
 こんなのはおかしい。なぜ泣くの。
 サラ、ああ、貴女は涙を止めるなと、
 それは天与のものだから隠すなと言ってくれたけれど、
 でも本当に?
 だってこれは違う。
 こんなのは違う。
 私は自分の無力が悲しい。
 頬を伝うのは浅ましの涙。流す甲斐もなく。
 このまま涙で自分が溶けてしまえばいい。
 融けて、大気になってしまえばいい。
 そうすれば思い患うことなく見守ってゆける。
 ひとりは見殺しにし、ひとりは手を差しのべもせず、
 今ひとりはその生々しい傷を押しひろげるばかり。
 せめてこの顔がなければよかったのに。
 いいえ、手も目も声も、こんなに無力ならば何のために在るのか。
 いいえ、いいえ、私は何もないに等しい。
 そして訪れる空白。
 それがどうしようもなく悲しくて。
 浅ましの嘆きや。
(460年5月15日、夕刻)
(『ラクリマ・マテリア』より ◆ 2003年4月初出)