幸せそうな夫婦だった。
夫の方に大きな魔力が宿っているのが見えた…気になった理由はそれだった。
妻は二度目の子供を身ごもっていた。
二人は占い師の元へ赴き、女児が身ごもっていると告げられた…中に見えたのは男児だったのに。
娘につけるべくして決めた「セリフィア」という名を、生まれてきた男児に彼らはそのまま付けた。
(セフィリアじゃないあたりに両親のこだわりがあったのだと思う)
私も名前にはこだわりがあったから…この「セリフィア君」は気になった。
「彼」は私に少し似ていた。
周りとは毛色の違う存在だった。
私は貴重な雛。一番年若い雛。
それなのに色素がない…劣性の、生き物だった。
弱い存在、しろいしろい、生き物。
誰も表だって口にはしない、心にだって紡がない。
ただ、はずれた期待、失望…私の所為ではないのは明白だし言っても仕方がない事だから
オトナ達が懸命に隠している…その感情が。
うっすらと、冷たく、唯、伝わるだけだった。
私の我が侭は無視され、あるいは笑い流され、子孫を作るための貴重な身体は傷つかないよう
まるで腫れ物のように…扱われた。
彼は魔法使いの王国で、家族でただ一人魔法が使えなかった。
魔法が使えない者は奴隷、そんな制度が廃止されたばかりの国で。
女の子の名前に不似合いな立派な体躯と相まってか、「彼」は責められ、いじめられた。
彼が魔法を使えないのは彼の所為ではないのに、彼の名が女の名なのは彼の所為ではないのに。
彼の名は…私は好きだったその美しい名は、彼にとっては憎悪の対象になっていた。
私は、自分の名前を嫌っている彼を「フィー」と呼ぶことにした。
私も自分の名が嫌いだから。
誰にどんな風にほめられても…喜ぶ気にはなれなかったから。
彼に聞こえる必要はない。
私が私につけた「ルー」という名が、誰に呼ばれる必要もないように。
彼は日常的に、けなされ、なじられた。
魔法使いというよりはむしろ戦士のように、体が大きく、力の強く育った彼は自分を責める相手をことごとくその拳でうち倒した。
彼は、つよかった。
彼をあざ笑ったヤツはことごとく地に伏した。
胸がすっとした!
彼を責めたヤツの恥辱、後悔、恐怖、恐慌が伝わってくる…私はざまぁみろ!って舌を出した。
でも彼は嬉しいとは思っていなかった。
いつも悲しさと切なさがいっぱいで…。
彼の家族は不思議なことに、彼の武勲を喜んだりはしなかった。
彼はどんどん成長した。
ヒトはあっという間に変わってゆく。
でも彼はかわらない…むなしさと悲しみを心の隅に抱えたまま。
私は天上からずっと見ている。
彼が何かする度に…彼を見る度に 私の心に複雑な渦巻きが出来る。
彼に直接あってみたい。
彼に声をかけたい。
あいつは流行病みたいなモノだ…って思っているけど、そうじゃないんだ。
彼は私を救ってくれた…彼を見ている間、私はひとりじゃない。
彼は私に少し似てる。
それが私にとって、わたしが存在してもいいって…許してくれるすべてだ。
かみさまが私を嫌いでも、彼のことはきっと好きだから。
わたしは彼に語りかけた。
いつも見てるから
君の味方だから
あなたはひとりじゃない。
がんばれ!…って。
でも…私は下界に降りなかった。
降りることができなかった。
彼に何をどう説明したところで不審者として怪しまれるだけだろうし、彼にこの醜い姿をさらすのは嫌だった。
彼は毛色良く、大きく、立派に育っていて…とても美しかったから。
この気持ちが自分勝手な恋心なのだと…ようやく気づいたから。
嫌われるのは仕方がないとして、拒絶されるのは嫌だった。
だから知られずにいることを望んだ。
アヴジャイルが成人したとラウィエルに言われた。
神とつがって、次代へと命をつなぐ。
私は一番幼い、鷹族最後の雛。そして命をはぐくむべき雌。
それが義務だとわかってはいても…無理なことだ。
ふと、この気持ちを彼に伝えたいと…そんなことが脳裏をよぎったが、無意味なことだとすぐに思い直した。
伝えたからと言ってどうなるわけではなく、伝えたことは彼にとってマイナスでしかない。
無意味どころか有害なのだから、そんなことができるわけがない。
この天界で、私は一族に不義理者と罵られながら、一番大切な人にその存在を知られることもなく消滅するのだろう。
私が願うのは一族のささやかな繁栄ではなく、たった一人の人間の幸せなのだから。
幸せに、幸せに、なってほしい。
私の一番大切なひと。
わたしをしらないひと。
(『Gdex』より ◆ 2003年初出)