「じゃあ何故だ!」
目の前で怒鳴る彼を見上げながら、私は困ってしまった。
何故って言われてもなぁ。
感情の言語化は苦手だ。だって、言葉にするとその言葉以外にも確かに存在したちいさなニュアンスが無かったことになってしまう。
たとえば、「やさしいから好き」って理由があったとしたら、やさしくなくなったそのヒトは嫌われてしまうのか?多分…そうじゃないだろう。
上手く言えないがそういうことだ。
(ちなみにこの理由はセリフィアさんにはあてはまらないし、この思考回路も彼に当てはまるものではないと私は思っている。私をおそらくは『受け入れてくれるから好き』な、セリフィアさんは私が彼を受け入れることがなかったら『好き』ではなくなるだろうことが明白だからだ)
「…そういうのって、説明しづらくないか?」
私の内で、小さな小さな取るに足らない様々な経験や仕草、清濁、悲喜交々、様々な事象が薄い膜のようにいくつも重なってこの『好き』という形になっている…この感覚をどんな言葉にしたら明確な理由として伝えられるというのだろう。
『上手く言えない』では納得してくれなさそうなので、私は考える。彼の話の趣旨を。
やはり、あんなのを見てしまった直後なわけだし…要するに『本当に“あんなの”がいいのか!?』というところだろうか。
アレで良いとは到底思えないが(受け入れるということと行いを許容するということは違うことだと私は思う)あのひとがいいのだからもう仕方がないのだが。
「たとえば同じように、傲慢で無知で何も考えていない寄生虫のような存在だが、私はニンゲンが好きだぞ」
言いながら少なくともセリフィアさんのフォローになっていないな、とは思ったが…本当のことだから私はそう言った。
無意味なものなどない。
全部全部がこの小さな世界を構成するもので、この世界そのもので……。
私はこの世界を愛している。
「そんな理由があるなら、なぜ彼なんですか!!」
きん、と甲高い声音が響いた。
本当に私もそう思うんだけどなぁ。
じっと見ると深緑の瞳は、なんだかいつもより淡い色に見えた。
だから。
「そうだなー。決定的な理由じゃないかもしれないけど、セリフィアさんにとって私は『天使』じゃないからかな」
言ってやった。まぁセリフィアさんにとっては『お母さん』なのは伏せておく。
ぽかん、と思い切り惚けた顔が可愛いな、と思った。
ムキになって私の肩を掴む手の…長物使いのカインのだからかな、指が長いなぁと思った。
―――許してなんかやらないんだから。
『天使』を救うべく魂を賭した『神託の神子』。
私自身なんかこれっぽっちも見やしなかったくせに。
最高に卑怯な手段で、有無を言わさず私を天使に仕立て上げた。
「レスタトにとって私は天使だろ? 私じゃないだろ?」
彼の目に映る私の意地悪な顔。
―――本当はもう許してるなんて、絶対に言ってやらないんだから。
彼の手を取り、頬に寄せる。
少し冷たくて、温かい。
だから、これが……
「最大の譲歩だ」
(2008年書き下ろし)