□ 彼女の帰郷 □

 

 8月18日、朝。

 

 鷹族の住まう場所……天界で、濃い褐色の長い髪に同じ色の翼を持っている一人の青年が下界を見ていた。

 そこへもう一人、青年よりも色の濃い…黒髪黒い翼のやはり青年が急いだ様子で飛んできた。

 

「おいラウィエル!」

 熱心に下界を見ていた褐色の青年ラウィエルは、黒髪の青年アヴジャイルに声をかけられてギクリと不自然に振り返る。

「ア、アヴジャイル。おはよう。君、なぜここに…?」

 うろたえた様子のラウィエルを見て、アヴジャイルが笑った。

「なぜって、お前だってその為にここにいるんだろ? 帰ってくるエルに会いに、だよ。見ろよ、この今日の私を! この髪の艶、羽根の毛色! 手入れはカンペキだぜ!」

「もう時期も過ぎた踊りの衣装まで身につけて、どこのお祭り男かとおもったよ」

「”何ともおわれていない”男は何とでも言えよ! これで帰ってきたエルはイチコロだゼ★」

「君は言語センスが族長の世代だよね。私より先に成人するはずだ」

「好きに言ってかまわないぜぇ〜? 何しろ今日は私とエルとの婚約の日だからな! あの忌々しい美丈夫とでなく、同族とエルが子づくりするっていうなら相手はもちろん私だろ! お前みたいに”何とも思われてない”なんて引導渡されてないしな♪」

 ラウィエルはぐっと唇を引き結んだ。以前、下界のエルに”何とも思っていない”宣言をされたのは確かだが(しかもその情報は人間達に公開されたのだ。恥ずかしいことこの上ない)今もそうだとは限らないではないか。だいたいアヴジャイルがそうではないとも言われていないのに、なんだこの彼の浮かれようは。

 

 あ。

 ある考えに思い当たって、ラウィエルはにっこりと笑みを作り、アヴジャイルを見る。

「……確かに、エルの恋人の人間は外見は大変な美形だけれど、私ですら腹立たしいと思えるような冷血漢だし、エルは種族の数少ない女性として同族の子を作るつもりのようだよね」

「ああ!」

「でも、エルの性格を考えるとね。彼女が選ぶ相手は私以外にいないと思うんだよ? 君もそう思うからこそそんな風に派手に牽制しているんだろう? アヴジャイル」

「なっ」

「君は確かに”何とも思われていない”わけじゃないよね? 昔から気を惹きたいあまりにいろいろ口うるさく言ったり、彼女に散々ちょっかいかけて……多分、エルは君を他の人たちみたいに”自分のことを嫌っている同族”だと思っているんじゃないかな?」

「うっ」

「私は彼女のことを大切に思っているし、多少うるさがられても好意を隠そうとはしなかった。だから彼女は私の気持ちを知っているわけだけれども、君はどうかな? まず君の気持ちをわかってもらうところからはじめなくてはいけないけれど……君に素直にそれが出来るようなら、イチコロもニコロもあるかもしれないけれどね」

「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 容姿と能力は確かに自分より上なのだから、とは口にしなくてもアヴジャイルには伝わったようだったが、アヴジャイルはもう涙目でうーうー唸ってラウィエルを睨みつけるばかりだ。

 とは言ったものの、エルの行動はいつも突拍子もないから本当のところどうなるのか……女神様でもわかりませんよね、と心に呼びかけると女神は笑みを返すばかり。

「……エルが”つがい”に成功して、生きてりゃそれでいい……」

「そうだね。それが一番の懸念事項か」

 ぶーたれた顔でアヴジャイルが呟き、ラウィエルがそれに応える。

 

「「しかし……」」

 二人の声が揃った。

「「エルの”ニ号さん”を争っている私たちも大概……」」

「だよな」

「ですよね」

 

 天界の朝は今日も晴天。

 二人の青年の後ろをGがついーっと飛んでいった。

 

end

 

 

(2010年10月 書き下ろし)

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