「もう少し右です。でないと2台とも呪文の効果範囲に入りません」
「おい、跡の方はちゃんと消せたか」
「バッチリだ」
「そういえば、エドウィナから連絡がないな」
「くたばったんだろ」
「程々にしとけば良いものを。馬鹿なヤツだ…」
「準備OKです。いつでも良いですよ」
複数の男達が、慣れた手つきで2台の馬車を森の奥深くに止めていた。二人の戦士が馬車を運転し、一人の盗賊風の男がその轍の跡を器用に消していく。僧侶風の男が二人の戦士に指示を出し、魔術士風の男がその光景を観察しながら頭の中で素早く計算している。どの男も熟練の腕と連携を持った冒険者であることは一目瞭然だった。その中で、所在なさげにその辺りをウロウロする少女が、ただ一人『浮いて』いた。
「おい、そんなところにいたら邪魔だ。ひき殺しちまうぞ」
「す、すいません」
その場から、一歩引く少女。彼女の背後で、気配無き影が一緒に動く。
「ようしOKだ。いつでも良いぞ」
作業を終えた男達が、僧侶の側に近づいてきた。皆思い思いにポーションを取り出し、飲み始めた。
「全く、毎回のこととはいえ、よくも金が続くものだ。人数分のポーションだけでも結構な金額になるだろうに」
「我々は、言われたとおりにするだけ。難しいことは神官の考えること。これで喜ぶヤツと、悲しむヤツがいるんだから良いじゃないか。俺らは金が手に出来るわけだし」
下品な笑い声が、辺りに響く。一人ことの成り行きを思って蒼くなって震える少女。
その様子を観察していた神官が、彼女に優しく声をかける。
「この薬を飲んで置いて下さい。もしもの時に、貴女を救ってくれますから」
言われたとおりにポーションを飲む少女。隣では、魔術師が呪文の詠唱に入った。
大いなる月の魔力よ
悠久たる眠りのシンボルに縛られし
我らの仲間を 神の可愛い御子達を目覚めさせ給え
ディスペルマジック
今まで全く気配の無かった馬車の中で、何かが動き回る物音が聞こえる。その数が段々と増え、やがて勝手に扉が開いて、中からおぞましい怪物が姿を現した。
「さて、作戦成功。今度は無事に育ってくれよ。可愛いコアちゃん」
足早に去っていく冒険者達。震える足を引きずりながら、それに遅れまいと必死に付いていく少女。その後ろに、影…。
ある昼下がりの、丘陵地帯にほど近い深い森の中での出来事。
(『第六話 プロローグ』より ◆ 2002年9月初出)