□ その時彼らは11 〜 One on One □

 

● ロッツとベーディナ ●

 

 部屋に現れたのは、弓を構え革鎧を着込んだ一般的な装備に身を包んだ盗賊のロッツと、鞭&盾に金属鎧といういでたちの僧侶、ベーディナの二人だけであった。

「ここにいるのは、どうやら、あんたとあたしだけの様ね。えーと、名前はロッツで良いんだっけ?」

「へい、如何にも。あっしはヴァイオラの姐さんのところでお世話になっているロッツでやんす。そういえば、自己紹介がまだでやんした」

 そこまで話すと、おもむろに仁義切りのポーズを決め、

「手前、生国を…」

「あー、面倒くさいことはパス! あんた確か昔、ファーカー&ベリンダの所に出入りしてたわよね。その同じストリートキッズグループに、シャバクって子がいたと思うんだけど、あんた知らない?」

「確かにファーカーさんはアッシの兄貴分で、シャバクは弟分でやんすが。シャバクなら、今は冒険者になっていて、依頼を受けてセロ村に向かって、着いたその日に行方不明になってるでやんす。その後の捜索にアッシも参加したんでやんすが、その時にシャドウに襲われたんで、もしかすると…」

 声のトーンを落として、皆まで言わないようにした。まるで皆まで言ってしまうと、それが現実となってしまうことが恐ろしいかのように。

「ところでシャバクが何かやったんすか?」

 ロッツは急に口調を変え、慌てて伺いをたてるかの様に聞いてきた。何か問題を起こしたのかと心配になったのだろう。しかも、彼がストリートキッズのリーダーをしていた頃は、弟分達が問題を起こすことなど日常茶飯事であった為でもある。

「いや、そういう訳じゃないけど。うちの孤児院に、そのシャバクって子の恋人がいるんでね。この間の火事の時に受けた火傷の後遺症で、毎晩のようにうなされちゃってね。外傷はちゃんと消したんだけど、心の傷はね。好きな男でも側にいたら安心させてやれるかなってね。だから、ちょっと気になっただけ。今までなかなか話し出す機会が無くて」

「そうでやんしたか。もしかしたら無事戻っているかも知れないでやんすから、次にセロ村に戻ったときに聞いてみるでやんすよ」

 壁などを調べながら、ロッツは言葉だけで会話を進めた。心なしか、顔を合わせて話すことを避けているようにも見える。その後のごく一般的な当たり障りのない会話の後、

「やっぱり、ここしかないみたいでやんす。他に誰か来る気配も無いようでやんすから、先に進んでしまいやしょう」

と、ベーディナの返事も待たずに一歩、鏡の方へ進み出すロッツ。

「何か困ったことがあったら、何でも相談するのよ」

 ロッツの反応に何か感じたことがあったのか、ベーディナはそう言うと、慌てた風もなく、際を進むロッツに一歩遅れて鏡の中に入って行った。

 

 

● アルバンとギルティ ●

 

「ギルティ、残念だったな。どうやらここは俺とお前だけのようだ。俺の前じゃ悪いことはさせねえぞ」

 剣&盾というオーソドックススタイルの戦士アルバンは、相手を威圧するようにまずそう言い放った。

「そんな、旦那達の前で悪いことなんてしませんぜ。イッヒッヒ」

 もみ手でおべっかを使う盗賊のギルティ。威圧感に押された振りをしながら、アルバンの姿をじっくりと観察する。アルバンの身体は傷だらけで、もしかしたら、ひ弱な自分の一撃でも倒せてしまうかも知れないと瞬時に判断した。

「その物言いは、俺やアナスターシャの前じゃなきゃ悪さをすると、吐露しているようなもんだぞ」

 …ここでギルティと二人きりだとやばいか? どうやったら裏切らずに言うことを聞かせられるか…そんなことに心を砕くアルバン。暫くの間、二人の沈黙の戦いが繰り広げられた。

「この先の部屋には、大きな危険がある。俺抜きでやれる自信があるか? 死にたくなければ言うことを聞け。判ったな」

「へいへい、旦那。そんな焦らなくてもちゃんと仕事はさせてもらいまっせ。エリオットの旦那から、ちゃ〜んとお給金は、たんまりと貰っていますからね。でも、あっしは非力な盗賊ですからね、ちゃんと護って下さいよ、どんな傷だらけになっても。旦那とあっしは一心同体ですからね。旦那に死なれちゃ困るんですよ」

 傷だらけの所を強調していたが、おおよそ本心とは思えない発言が、ギルティの口から発せられる。そんな言葉でさえ信じなければならない自分の状態にアルバンは頭痛がする思いだった。

「ほら、行くぞ。ちゃんと付いて来いよ。(いやだけど)後ろは任せたぞ」

「へーい、合点。任せてくだせー」

 二人は鏡の中に消えていった。

 

 

● ズヴァールとヴォーリィ ●

 

 二人は、部屋で出会った瞬間、互いの存在を認識し、後は黙々と自分の仕事をこなしていた。盗賊のヴォーリィは部屋の探索と安全確認、戦士のズヴァールは、自分の武器、長柄のバウルが充分に振るえる位置取りをして周囲の警戒。

 沈黙の時が暫く続く。一通りの探索が終わるとやっとヴォーリィが口を開いた。

「とりあえず、この部屋は安全です。メインはやはりこの鏡の先だな」

「ああ。まぁ任せた。好きにやってくれ」

 ズヴァールのいつもの口癖が出た。

「ズヴァール、あんた怪我しているな。大丈夫か?」

「傷の状態を気にするなんて、ベーディナの行動が乗り移ったか? 人のことを気にする前に、自分も傷だらけな事を忘れてねえか?」

 ズヴァールの軽口をサラリと無視して、ヴォーリィは会話を続ける。

「どうせ、傷を治す手段もないし、このまま行きますか?」

「ま、良いんでないの」

 ズヴァールのもう一つの口癖が出た。いつものようにズヴァールが先頭を歩き、ヴォーリィがズヴァールの武器の庇護下で弓を構えている。そのまま隙無く歩みを進めていく二人。熟練の連携の取れたパートナー同士が続けて鏡の中に入って行った。

 

 

● ルーウィンリークとローファシャ ●

 

「ルーさん、良かったぁ、誰も来ないのかと思って心配してしまいました」

 部屋に先に来ていたのは、ホワイトドラゴンで駆け出し魔術師ローファシャの方だった。

「ローファシャ、心細い思いをさせてしまったようですね。リーンティアが来るかどうかは判りませんが、まずは安心して下さい」

 僧侶のルーウィンリークは、透き通った僧侶らしい穏やかな声で、ローファシャを落ち着かせるようにそう話しかけた。

「大丈夫です。私リーンと約束しましたから。リーンは必ず迎えに来てくれるって。何処にいても安心して良いって。だから大丈夫です。それに来てくれたのが、ルーさんで良かったです。他のパーティの人だと、まだ馴染めなくて…」

「ローファシャは、強くなりましたね。今だって、まさか貴女の方から先に話しかけてくるなんて思いもしませんでしたよ」

 にっこりと微笑みかけるルーウィンリーク。ローファシャは白い頬を微かに赤らめ、

「それは、ルーさんだったからです。他の人だったらまだ恐いし、ルーさんは優しいから、…好きです」

と消え入りそうな声でそう呟いた。

「おやおや、リーンティアが聞いたら嫉妬されそうだ」

 その後暫くは、会話のない静寂の時が二人を包んだ。その間、ルーウィンリークは壁や床の度を調べながら、ローファシャはその様子を見つめながら、誰か後続がくるのを待っていた。しかし、捜索の甲斐無く、めぼしいものは見付からず、後続もやって来ることなく、時間だけが過ぎていった。

「どうやら、我々二人だけのようですね。ここの石版に書いてあることが本当なら、この先には相当な試練…多分激しい戦闘が待っているようです。ローファシャ、傷の回復は良いですか?」

 半ばわかっていたとはいえ、改めてルーウィンリークによって今の状況を言葉にされるとローファシャは血の気が引く思いだった。ローファシャの脳裏にリーンティアの姿が、そして彼女の力強い言葉が浮かんだ。そして自分に言い聞かせるように、

「いいえ、大丈夫です。もし次の部屋でリーンがいたら…もしその時、リーンが傷だらけだったら…と思うと、リーンのために奇跡は取っておいて下さい。私はまだ大丈夫ですから」

 その言葉を聞いたルーウィンリークは、より一層穏やかな笑顔になり、

「ローファシャ、貴女は本当に強くなりましたね。そんな貴方の姿を見たら、リーンティアもきっと喜びますよ」

 これなら自分がパーティを離れても、もう大丈夫だろうとルーウィンリークは思った。ガウアーにも目的が出来た。トールの夢である孤児院の建設も、もう少しで実現できる。テラルは充分に修行を積んだし、これからは本来の目的である研究者の道に進むことが出来るでしょう。そして、リーンティアには、こんな立派なパートナーが。私も自分の道に進むことにしましょう。その前にここを無事に脱出しなければ。マザーを倒して、コアを破壊して。

「前線には私が立ちます。ローファシャは、援護を頼みますよ。ハイブには貴女の『スリープ』が有効です。もう一つ、申し訳ありませんが、戦士のように上手く護りきれる自信がありませんので、傷を受けてしまうこともあるかと思います。その時は、申し訳ありません。出来るだけすぐに回復できるようにしますので、側にいて下さい」

「判りました。大丈夫です。リーンだっていつもあんなに傷だらけになって頑張っているんですもの。私だってやれます」

 拳に力を入れ、自分を奮い立たせるローファシャ。手にはリーンティアから護身用にと受け取ったダガーがしっかりと握られている。ルーウィンリークは、スタッフを構え直して前を行く。

 …こんなことなら、もっと戦闘訓練にも本腰を入れておけば良かったようですね。

と、何でもそつなく、『これだけ出来れば』というところで手を抜いていた自分に、今更ながら後悔しているルーウィンリークであった。

 

 

● テラルとトール ●

 

「よう、テラル。無事だったか」

 その場に後から現れたのは、盗賊のトールだった。先に来ていた褐色の肌を持つ魔術師テラルは、いきなり声を掛けられたことにビックリした。しかし、その声の主が同じパーティの仲間であることに気が付き、すぐに安堵した。

「トールじゃないですか。いきなり声をかけられて、驚いてしまいましたよ。ところで他の人は?」

 今度は、二人きりな事に不安を覚え始めるテラル。

「どうやら今回はこのメンバーみたいだな。傷は…大丈夫そうだな。なあテラル、呪文はあとどれくらい残ってる?」

 素早く状況認識をして、先に備えるトール。テラルは、こんな状況下でも、彼のいつもと変わらぬ反応に次第に不安をうち消されていった。

 暫く状況・状態認識に時間をかける。その間もトールは、周囲への警戒は怠らない。

「呪文は全部残っているって訳だな。もしこのまま戦闘になったら、お前の呪文がとても大事になるからな。任せた」

「そ、そんなぁ」

「弱気になるなって。大丈夫だ。俺達何度もお前の呪文に助けられただろ。なーに、前は護ってやるって。的確な判断で呪文の援護を頼むぜ」

 ロングボウで行くか、ダガーを抜くか、悩んだあげくに弓を選択するトール。いよいよ杖で敵を攻撃したり、敵の攻撃を防いだりしなくてはならない日が来たのかと思い、ますます緊張して杖をギュッと握りしめるテラル。

「よーし、行くぜ」

 いきおい良く歩き出すトール。慌てて彼について行くテラル。二人の姿は鏡の中に消えて行った。

 

 

● バルジとゴンルマール ●

 

 その場に現れたのは、長身で並の戦士以上の優れた体格をした魔術師バルジと、彼の作り上げた4本の腕を持つ骨で出来たゴーレム――プレートメイルを着て3本の剣、1枚の盾を装備したボーンゴーレムのゴンルマールだった。

「今度の迷宮は、ゴン君と二人きりですか。まだ認識させてない人と二人きりにならなくて、ホントに良かったですね」

 当然のことながらゴーレムのゴンルマールは返事をすることはない。感情を持ったゴーレムを作るには非常に高度の技術と知識が必要だからである。そんなことは十分承知しているのだが、丁寧に話しかけながら、ゴンルマールの状態を見ていく。

「剣が1本増えていますね。誰にもらったんですか? 攻撃の手を増やさないといけないぐらい大変な思いをしてきたということですよね…他のみんなも無事なら良いのですが。どうでした、ゴン君?」

 当然、返答はある訳がない。しかし、まるで我が子を相手にするかのように優しく問いかけ、相手をするバルジ。

「さて、今後もこんなことが続くかも知れませんからね。危険かも知れませんが、命令回路をオープンにしておきましょう。無条件の敵は、ハイブ、ゴーレムやアンデット等の非生物。人間…あとドラゴンもですね…には、敵対行動を取らないように…っと」

 身長90cm のゴンルマールの頭に手を触れながら、幾つもの複雑な呪文を詠唱して、ゴーレムに命令を与えていくバルジ。最後にゴンルマールの身体に手紙を括りつけ、

「これで良し。さあ行きましょうか、ゴン君。きっとこの先には、大変な試練が待っていますよ。頑張って下さいね」

 「行きましょうか」の声に反応して、ガシャリとプレートメイルを鳴らし第一歩を踏み出すゴンルマール。その後ろの、いつものポジションを歩くバルジ。二人は、鏡の中に入って行った。

 

 

(『第十五話 間奏』より ◆ 2003年7月初出)

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