午前中は末っ子王子の謁見と、報酬&戦利品の分配。所詮捨て駒ってことで、謁見の時間はやけに短かった。しかし外聞を憚ってか、珍しく大司祭本人が同席していた。仕事してるとこ、初めて見たよ。
ロウニリス大司祭(代理)もいたので、二人して余所余所しさを演出。せっかく公の場なんだし、ここはやはり印象付けしておくべきでしょう。
ヤバいダガーはやっぱりヤバかったので、国が買い取ってくれることになった。14万GP。ブランクと対決したのはうちの子達3人だから、当然彼らの取り分になる。それなんで、自分たちで使い道を考えろと言っておいた。
が、金額が大きすぎて実地研修には向かなかったようだ。出てくる案は即物的だわ、いつまでたっても決まらないわで、結局わたしがたたき台を示さねばならなかった。もっと大きな視野を持とうね。
そんなわけで、4つになったエリオット修復費用と、バルジの蘇生費用を一部負担することになった。国とガラナークに恩を売っておくのもいいだろう。そろそろ名も知れてきただろうから、外面を整えるのは大事なことだ。さほど大きな影響力はないが、こういう積み重ねが後で効いてくるものだし。公文書にしておけばお守り代わりにもなる。
バルジについては純粋にお世話になった意味もあるが、当然ティバートに恩を着せる意味もある。あれは実力的に恩を着せにくいから、売れるときに売っておかないとね。
ジーさんが「ティバート新聞」なるものをくれた。それによると、昨晩ラッキーは延々奴に泣かされたらしい。バルジが安置された場所でようやるよ。
そういえば、ジルウィンもこんな感じでレポート書いていたよね。鴉は光物が好きだけど、鷹はゴシップ好きなのかな。
貰うものは貰って皆城を下がるというので、ルーに例の孤児院支援を頼んだ。結構乗り気だったのでこちらはOK。あと大司祭からも一筆貰う予定だと言ったら、不興を買っているんじゃないかと言われた。知れ渡っているようでこちらも結構。
「そういう事にしておいて」指を一本立てて片目をつぶってみせたら「相変わらずだな」と苦笑した。ルーも丸くなったものね。昔だったらこんな話絶対できなかった。いやー、いい男になってきてわたしは嬉しい。
ラッキーと一緒にバルジとズヴァールの見舞いに行く。当たり障りのない会話の後、他の連中が出たのを見計らって頭を下げた。ズヴァールはあくまでわからないフリを通していたけれど、やっぱりケジメはつけないとね。
カインの精神状態が相当やばい。ここらでガス抜いとかないとなぁ。ラッキーをたきつけて、一緒にパシエンスに行かせる。わたしもトーラファンに、今回お世話になった礼を言うためについて行くことにした。
宿屋の隅でセイ君がわかりにくい百面相をしていた。目は持っている手紙に釘付けで、わたし達の事に全く気が付いていない。どうもジーさんから恋文を貰ったらしい。面白いので三人揃って見物する。
突然、「嬉しいときはどうすればいいんだ?」などと聞いてきたので、「笑えばいいんじゃないの」と答えておいた。ついでに「踊っても可」と言ったら、それは考えていたという。
やっぱり表現方法が普通と違うんだよね、ラストン人って。
気持ち悪いほど笑み崩れているので、よっぽど嬉しいんだなと了解し、4人一緒にその場で輪になって踊ってみた。
変な光景だが、それでも宿の親父は動じなかった。さすがだ親父。
二人の為にその辺にいた流しの歌唄いに金を握らせ、部屋の窓の下でしばらく唄わせておいた。
パシエンスでは礼を言ったらすぐ帰るつもりだったのに、とんでもなく遅くなってしまった。
ラッキーの顔を見て気が緩んだからなのか、サラさんがいきなり産気づいた。
なんだか妙に難産を予感させ、館を出るに出れなくなったところで助産婦を頼まれる。しばらく前から滞在しているラグナーの知り合いが産婆を買って出たのだが……と珍しく口を濁す院長。
信用はしても、信頼はできないといったところか。グラという名には確かに聞き覚えがあった。例の旦那の夢で一緒に冒険した人じゃなかろうか。そういえば、そんな名前の人が昔この辺りでいくつか騒ぎを起こしていた気がする。
へー、実在したんだね。
そういうことならお手伝いしましょうか。
……前から考えていた件も、こういう時の方がすんなりいくかもしれない。院長にジールを呼んでくれるよう頼む。
やけに斬新なデザインのベッドに寝かされたサラさんを介添えすること数時間。無事元気な女の子誕生。母体にも危険はなさそうだ。まあ、即席ながらかなり腕の良いチームだったと思うよ。
けど、グラの後産処理方法ってさぁ、どうよ。効果的ではあるんだけど……。あれじゃ院長だって不安がるよねぇ。
産室から出てきたジールは、なにやら鬱屈を抱えた顔をしていた。これは逆効果だったか?
珍しくトーラファンが誘ってきたので、振る舞い酒の残りを二人で空ける。佳い酒だ。ショーテスの古酒らしい。目ん玉飛び出るほど高い(1000GPぐらい)そうだが、酒は酒。気にせず杯を干す。
魔術師は総じて、知的好奇心という名の覗き趣味に冒されているのか。覗き癖があるのは知っていたが、この親父、産室をずっと「視て」いたらしい。
……すっげぇ最低。
いつかこのネタを院長にバラしてやる。ちょっとお灸を据えてやらないと。もういい大人なんだし、最低限のモラルは守ってほしい。
祝い酒なのに酒の肴は暗い話題。近所にあるハイブコアとか、ブランクの素性とか。
表向き、奴はブランク・エリンドウォルタと名乗っていたらしいが、そこの家にそんな奴は存在しないという。単に偽名を使っていたとしても、やはり該当者がいない。つまりは騙りだ。ラストンのハイブコア第二次討伐隊に参加して行方不明。って、思いっきり関係ない場所で行方が知れてるんですけど。
なんでも奥さんが旦那を捜すために第三次討伐隊に参加したらしい。しかも子供を連れて。なんて健気なんだろう。あんな旦那なのに。そう思っていたら、とてもとても嫌な事を聞いた。
「ヴィオラというその妻は、幼い頃ブランクに引き取られ、彼の元で教えを受けて魔術師になったそうだ」
………。
………。
一瞬、吐きそうになった。リズィの記憶と重なって。最悪なことに、名前まで似てる。それも、わたしに。
強いてその相似から目を背ける。今はまだ考えなくてもいい事だ。さもないと、何処へも進めなくなる。
昼前に大司祭と密談しに「竜紋亭」へ。やんごとなき方々が、その手の用件でよく使う店らしい。
場所柄に合わせ、貴族の若妻風に装って出かける。
中庭を見渡せる静かな一室に通され、待つこと暫し。見たこともない兄ちゃんが入ってきた。青年貴族風。大司祭の使い走りかなーと思ったら、実は本人だった。
あー、いいなーいいなー。ディスガイズハットだー。欲しいなー。
しかしわざわざ本人が来るかぁ。本っ当ーに人手不足、もとい腹心不足なんだね。実は人望がないのか? それとも、出る杭は打たれるってやつで、ハブにされてるのか? 人使いが荒すぎて敬遠されるというのはありそうだ。
人手不足な割に、大司祭は前から頼んであったネタを全部揃えてくれた。
まずは近郊のコア発生状況について。
これはトーラファンも言っていたが、すでにコアが2つ見つかっているとか。まったくやってくれる。油虫よりも厄介な連中だ。ま、場所もわかってるわけだし、そっちは国でなんとかしてくれるでしょう。クダヒの状況が酷くて手勢が戻せないんだったら、スカルシで遊んでいる兵を引けばいいことだ。
だいたいこういうご時世で多方面に派兵する、その理屈が理解できない。示威行為なんてやってる場合じゃないと思うけどね。
それからセイ君のお兄さんの行方について。
近所の打ち捨てられた施設で行方不明になったのは聞いていたが、その後で派遣されてハイブコアを潰したのが親父さんのチームだったそうな。……これは、ブランクの差し金か?
それと気になる事が一つ。ラルキアは「もう兄弟を殺したくない」と言っていた。セイ君の兄弟は3人。末弟はとっくに病死、ラルキアはあの様、そして兄のアーベルが親父のファイアーボールで消し炭になったとしたら。
彼は一体どの兄弟を殺したんだろう。
そして本題。
大司祭は孤児院支援のための書状を用意してくれた。それと一緒に助言もいくつか。両方ともありがたく頂いた。
そうね、実際のところわたし自身は「孤児院」というものがあまり好きではない。ほとんど例外なく、偽善の饐えた匂いが漂っているから。生活の保証はされても、「施される惨めさ」や「無言で強要される感謝」によって自尊心は削られていく。そして善意で支えられる立場ゆえ、いつでも「慎ましい生活」。ちょっと贅沢でもしようものなら、周りから白い目で見られる事必至だ。
そういうの、嫌だから。自分の食い扶持は自分で稼ぐ。与えられた物ではなく、自分で勝ち得た物の方が大切にするしね。だいたい作るのがクダヒの下町なんだもの。あそこじゃガキの頃から自分で食い扶持は稼いでいる。その手段が真っ当じゃないだけで。
だから日の当たる場所に出られるように、手に職つけて独り立ちするのを助ける。そういう施設を目指したい。
当然そこには技術を持った人間と培った家族の絆とツテが存在するわけで。トールもいる事だし、情報網としての機能もくっついてくる。なんて素晴らしい。
たいそう美味なタダ飯とタダ酒を堪能した後、大司祭に口説かれた。残念なことに、夜のお誘いではなかったが。なーんだ、つまんないの。せっかくこういう場所なのにねぇ。
神殿NO.2の親父が言うことには、「フィルシムで神殿をひとつ預かってみないかね」
……どうせクダヒじゃ命令違反の連続で、出てきたときより評価が落ちているはず。となれば厄介払いパート2で、ほいほい手放すはずだから根回しなんてものもない。つまり、やろうと思えば引き抜きなんてすぐできるはず。
しかし酸いも甘いも噛み分けただけあって、あくまでわたしの意志を尊重するし、縛る気もないという姿勢。そして、「でもできれば君が欲しいな」オーラ。
……しまった。ちょっと揺らいじゃった。
うーん、今なら据え膳なのになぁ。大司祭、ちょこっと冒険してくれないかなぁ。本当にご飯食べるだけなんですか。そうですか。残念。
縛られるのは嫌だし、上の馬鹿な連中にわたしの手綱が取れるとは思えないけど。もしここで神殿つくるなら、クダヒの計画をここでもやってみると面白いか。さらに神殿自体を下町において、酒場と花宿と三位一体で運営なんてどうだろう。それも各勢力の真ん中において、文字通り聖域、アジールにするとか。
うん、いいね。
帰りがけに、腕と趣味が良いと評判(ガウアー情報)の仕立屋に寄る。サラさんの出産祝いに産着を、それとラッキーが女の子になったので司祭用の祭冠も頼む。
やっと人と同じ目線になったからね。そろそろ司祭としての自覚と体裁は必要でしょ。
宿に戻ると、酒場に珍しい人がいた。セイ君のお師匠さん、スカルシ村のハルシア。相変わらず10’ソードが目立つ。セイ君に用があるらしいのでお茶を頼んだ。どんな用か想像はつくけど、意外に遅かったかな。
そう待たずして渦中の彼は、ジーさんと一緒にサラさんの出産祝いから戻ってきた。ハルシアはスカルシ村特有の話し方でセイ君に二択を迫った。曰く、「スカルシ村で騎士になるか否か」。
相変わらずお子ちゃまな認識しかない彼に、白か黒かなど選べるはずもなく。今はまだ返事ができない、と答えを保留にした。
あーあ、これでスカルシ村が敵にまわったよ。
いまいちその事が理解できていないセイ君をジーさんにまかせ、一応ハルシアには礼をとっておいた。命令されりゃ襲ってくるだろうけど、だからといって本人の意思が皆無って事はないでしょうから。
しかし何だな。厄介事も敵対者も増えていく一方だね。
トール達がご飯に下りてきたので、貰ったばかりの書状を渡す。
「これ、キーロゥにお土産。お金よりもこっちの方がいいかと思って」
一瞬。ほんの一瞬だけ、顔を顰めた。
「そうだな、あいつも喜ぶよ。ありがとう、ヴァーイ」
……ああ、なるほど。
たぶん誰も気が付いてなかったと思う。それなら、おつき合いしてあげないと。当たり障りのない会話をして、ルーにも後の事を頼んでから早々と部屋に戻った。思わず、目で問いかけそうになったので。
(――いいの?)
ま、明日になればわかることよね。
今日はずいぶんいろんな事があった日だった。寝台に寝そべってそんなことを考えていたせいなのか、最後にどかんと大きいのが降ってきた。――獣人族到来。
呼ばれて行った上の部屋には狐と猪と蝙蝠。おやまあ、これはまた珍しい人達が。狐族の巫女(らしい)が言うことには、なにやらエルさまにお話があるそうな。
で、エルっていうのはジーさんの本名なんだって。なんだ、GでもLでもあんまし変わんないじゃない。
妙にへりくだった彼女はジーさんが記憶を失っている事を知っていて、尚かつ「審判」の話がしたいらしい。なんだか回りくどくなりそうだったので――ジーさんへの呼びかけ方だけで、既にかなりの時間をとられた――、さくっと話をするよう頼んだ。
彼女の用件は一つ。獣人族を選んでほしいという事。これは無理強いとかではなく、そういう選択肢も選べるという事を言いたいらしい。なんにせよジーさんの記憶が戻らなきゃ話にならないので、色々と聞くだけ聞いて部屋に戻った。
現在のところ、表だって反発しているのは狼共だけで、後の部族は様子見らしい。熊は介入に失敗し、虎は「審判」に従うと表明したのだそうだ。やるなヘルモーク氏。
カインは彼女の小さな親切のおかげで、不安定さ五割増し。まったく、巨大なお世話だっての。
それにしても、最近気になっていたことがあるんだけど、今日の話で一層違和感を増した気がする。
なんで鷹も狐もエオリスの使いっぱなんだろう。獣人族はリムリスを信仰しているはずなんだけどなぁ。トーラファンもそうだったけど、妙にその辺で言葉を濁すのね。
……なんか引っかかる。
朝、ガウアー達がクダヒへ出発。見送りに行くとトールの姿はない。気にせず皆にお別れを言って、後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。
手を下ろすと同時に、後ろに馴染んだ気配。
「やっぱり、気づかれてたか」
当たり前でしょ、と肩を竦めて振り返る。建物の影に、苦笑したトールが立っていた。
「いいの?」
一緒に行かなくて。
わたし達と一緒で。
一応、そんな意味合いで聞いてみた。返ってくる答えは分かりきっているけれど。
「嬉しいな」と、素直に今の気持ちを言ったら、ジーさんが嫌そうな表情になった。人見知り?
ついでにコーラリックが参入希望。うちとしては願ったり叶ったりだからいいけど。とってもハードだよ。なるべく死なないようにね。
ラッキーが皆に手製の麻シャツをくれた。皆お礼の後に必ず「ティバートの分は?」と聞くのが笑えた。でも否定しないから、ちゃんとあるらしい。
(『ヴァイオラの徒然日記』より ◆ 2003年8月初出)