わたしは窓框に腰掛け、なるべく静かに窓の掛け金を外した。かすかな軋みとともに外気が流れ込んでくる。夜明け前独特の、暗さと静けさを孕んだ空気は、波立った気持ちを静めるのに丁度良い。
……やっぱり、馬鹿かな。
心はとうに決まっている。それでも、縛られることを厭う気持ちが耳の後ろで物言いをつける。
現在(いま)を愉しく生きるのが最高の幸せなのに。なぜ未来(さき)に囚われる必要がある? 本当に、そこまでする事なのか? このわたしが?
「――ずっと考えていたんです。なんで「審判」なんかあるんだろう、どちらも女神の子供達なのに、って。どうして一緒じゃいけないんだろう、って」
「……」
「わたしにとっては、ただ「そのひと」でしかない。いろんな特技やクセを持っているというだけの」
「……」
「だから、人間だ獣人だと勝手に線を引かれるのもお断りだし、どっちも滅びて欲しくない」
「……」
「それで、思ったんですよ。いっそ混ざってしまえばいいんだ、と。我ながら、子供じみた考えですけどね」
「……」
「違いを疎んで背を向け合うのではなく、違うからこそ惹かれあう。ほんの少し見方を変えるだけでいい。そうすれば――種族の垣根を取り払ってしまえばただの男と女だから」
「……」
「わたしが女神に願うのはただ一つ。そうして惹かれあった二人の子に……月と太陽の加護を」
「……」
「両親から強さと優しさを受け継いだ子供達が、世界を満たすことでしょう」
「……あなたの道は女神の御心に適っている。しかし――」
そう、しかし。
鳥たちの囀りとともに、開いた窓の隙間から薄く朝日が差し込み始めた。足元を横切って、ゆっくりと、けれども着実にその領域は広がる。
床の上に伸びゆく光の箭。
――なんだ、そうか。
ことり、と胸に落ちた。同じことなんだ。
(『ヴァイオラの徒然日記』より ◆ 2004年3月初出)