□ ヴァイオラの徒然日記・抜粋1 □

 

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 ――明け方。

 浅い眠りは二度ほど破られた。隣に寝ているはずの二人は思うところがあるらしく、ひっそりと部屋から出ていった。わたしも起き上がって身支度を整える。外はまだ薄暗く、身を切るような空気に元々ない眠気が全部吹き飛ぶ。

 考え事をする時は、なぜだか川べりへと足が向いてしまう。暗い川面を見ながら、わたしはぺたりと座り込んだ。

 

 

*    *    *    *

 

 

 村の入り口に座り込んでいたあの時。グリニードと言葉を交わし、自分が何処にいるかを知った時からずっと。頭の中でぐるぐる回っている言葉がある。

 

 

 ふざけるな、馬鹿野郎。

 

 

 ……あの時、変わり果てたダグ達と戦っていた時。ただバラバラに漠然と戦うだけでは勝てないと知っていたにもかかわらず、わたしは何もしなかった。どこかでなんとかなると思っていた。でも、現実はそれほど甘くはない。そのツケが回ってきたのだ。

 次々と倒れる皆を見捨てて逃げ出すのは、自らの矜持が許さない。そんな事をするぐらいなら、こんな契約を交わさずに、最初の時点で手を引いた。だから、ここで倒れるのは自業自得だ。連中を鍛えきれなかった自分の不手際であり、この事態を予測していたにもかかわらず、何の手だても講じなかったわたしの怠慢でもある。

 

 だから仕方ないと、そう思った。せめて逃げられるものなら逃げて欲しいと、ラッキーに声をかけ…… 以降の記憶はない。ただ、強い衝撃と凍り付くような熱さを感じた。

 そして気がついたら、村の入り口に座り込んでいたのだ。

 

 何が起こったかに思い至った時、わたしは目の前が真っ赤になるほど猛烈に腹がたった。

 デスウィッシュ。自らの存在を以て祈願の履行を強要する行い。

 どちらがやったのかは知らないが、――いや、おそらく十中八、九あの馬鹿だ――なんという事をしたのだ。なんという事を……!

 

 

*    *    *    *

 

 

 不思議と、彼を悼む気持ちは湧いてこなかった。そして、身を挺して救ってくれたことへの感謝も無く。

 ただあるのは、
自らの重荷を押しつけて逃げた事への憤りと
生きる事の意味を理解せずにそれを捧げてしまった彼への憐れみと
彼をそうあらしめた「家」と「神殿」に対する非難
そして、たったひとつの事でさえ教え込めなかった悔しさ――

 それらが強い力で身の内から込み上げて来る。その度にわたしは歯を食いしばって、叫き出したい衝動をやり過ごした。ここで無駄に発散する気はなかった。これは目的を果たすための原動力なのだから。

 

 リールのようにひとつひとつ石を積む。小さな塚がだんだん高くなるのを眺め、わたしは思った。こうして石を積むたびに、この感情を掻き立て直し、目標を見失わないようにすればいい。まずは強くなること。コアを潰し、セロ村からの行動半径を広げる。そして、あの神託の本当の意味を解き明かし、彼の代わりにその指し示す道を進む。

 それが、あの馬鹿が死ぬことでかけた頸木から逃れる、ただ一つの方策だろう。ああ、本当に死んでからも厄介をかける子だ。

 

 他の連中にも覚悟を決めて貰おう。セリフィアとGは少なくともコアを潰すまで一緒に来るはずだ。もっとも、Gは神託の事もあるから逃がすつもりはない。セリフィアは親父の件で釣ればしばらくは大丈夫だろう。

 ラクリマは――やはり神殿に戻した方が良さそうだ。自分の意志でついてくるのでなければ、この先死ぬだけだ。選ぶのは彼女だけれど、一緒に行くならもう甘やかしてはいられない。

 アルトとロッツは考えどころ。いきなりあんな場面に巻き込まれ、もう懲り懲りだと言ってもおかしくない。ただ、二人とも妙に律儀な性格だから、あの馬鹿に恩を受けたと素直に信じていることだろう。それならそれで、存分に働いて恩返ししてもらえばいい。

 

 ――いつのまにか朝日が川面に差し込んでいた。赤みを帯びた金色の光が揺れている。ずっと同じ格好で座っていた身体は、寒さのせいで立ち上がるとぎしぎしいった。軽く服の裾を叩き、足元の「坊ちゃん塚」に蹴りをいれる。

「見てなさいよ、すぐに任務達成してあげるから」

 そうしたら、この塚をヴェスパーでぶっ潰して、とっととこの村から出ていくわね。世の中に神の意向を実現して名を残すのはわたし達。今更悔しがってもあんたが悪い。せいぜいそこで地団駄踏んでなさい。わたし達に自分の仕事を押しつけたんだから、文句は言えないでしょ。

 

 わたしは一度深呼吸をしてから踵を返した。今日からは忙しくなる。死者と話すのは全てが終わった後で良い。もう、彼らに時間は関係ないのだから。

 

 

(『ヴァイオラの徒然日記』より ◆ 2002年6月初出)

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