1章の中表紙はウズベクの紙幣
1. 近代都市タシケントへ
朝。家を出る。妹とおかあさんに車で東京駅まで送ってもらう。道はガラガラであっという間に着いてしまった。07:28発のひかりで名古屋へ。トコちゃんだけ新横浜から乗ってくる。名古屋駅について、新幹線口のバス停まで歩く。うまいこと空港行きのバスに乗り、一路名古屋空港へと向かう。名古屋空港は4人とも初めてだ。
名古屋小牧空港に到着し、ローラとトコちゃんは別送のスーツケースを取りにいく。到着ロビーまで行かなければならないとは面倒なことだ。私はその間に両替を済ませようと自動両替機の前に並んだ。前に並んでいる皆様は、3万円ずつとか、まとまった額の両替をなさっていて、5千円ポッキリの私に順番が回ってくるまで結構な時間がかかった。
全日空のカウンター前で今回の添乗員、ワイエスさんと会う。荷物をそこで預けてしまい、身軽になる。集合時間まで間があるので「喫茶店にでも入ろうか」という事になり、3Fのサ店にはいった。めいめい飲み物を頼んで30分ばかりぼーっとする。窓の外には滑走路や飛行機が見える。ちっちゃい飛行機なんかが離着陸しているのがなかなか可愛らしい。
11:45。出国審査の入口で集合し、ワイエスさんから搭乗券をもらう。Passport Control も無事通過して、搭乗ロビーに入ると、成田ほどじゃないが免税品店なんぞがある。買う気はないが、少々見学などする。
UZBEKISTAN航空の機体は、明るい緑と水色とで水平に2本線がひかれていた。
12:40になると搭乗を開始した。飛行機まではバスで行く。私たちは前の方の座席だ。
13:40、Take Off。すぐに機内で昼食が出た。それもそのはず、15:10には韓国はソウルの金浦空港に到着してしまったのだった。どうして金浦空港に寄ったかというと、名古屋空港の滑走路が短いからなんだそうである。短すぎて、タシケントまでダイレクトに飛んでくだけの燃料を入れられず(重くて飛び上がれなくなっちゃう)、いったん金浦空港で給油しなければならないという話だった。往きはそんなわけで韓国経由だが、タシケントの空港は広くて、滑走路も燃料をたくさん入れても飛び上がれるぐらい十分に長いので、帰りは直接名古屋まで飛んでしまうらしい。
さて、機内待機とのことで暇である。タラップの上段まで出てみる。風が気持ちいい。向こうにもう1機、UZBEKISTAN航空機が見えたので、これ幸いと写真を撮った。中にもどってから、前の、コクピットのドアが開きっぱなしなのに気がついた。トイレに行ったついでに隠し撮り(隠し撮りに行くついでにトイレだったかな)。でも結局ブレてしまった。残念。
給油中の待ち時間を利用して、税関の申告書類を書く。それから、ワイエスさんが査証代とタシケントの空港税、あわせて$50を集金に来た。日本で支払ってしまった査証代と重複してしまう。あとでA旅行社から返してもらわねば(返してもらった)。
16:10頃、金浦空港をあとにする。5時間後に夕食とのことなので、それまで色々なことをしてヒマをつぶす。家から持ってきた探検記(古い!)を読んだり、ワカメと「一番最後にンのつく言葉」しりとりをしたり・、残りの時間は寝ていた。夕食が来たときも、眠くって早々に切り上げ、その後はひたすら寝ていたと思う。
トコちゃんとローラに起こされる。何かと思ったら、窓から天山山脈が見えるという。大体がこの行程は雲だらけで、下界が良く見えなんだのに(といって私は通路側だったが)、雲にもめげずにょきにょきと頭角を現している。やはり高い。そろそろ日暮れもせまる頃合で、夕焼けに映える様も美しかった。山のてっぺんにはちゃんと雪が残っていた。
天山山脈を過ぎて3時間くらい経ったか、その間も眠り続けていたのだが、タシケントらしき街の夜景が見えてきた。すっかり夜であたりは真っ暗だ。その中に街の灯が明るく広く散乱している。黒ビロウドに宝石箱をひっくり返したように美しい。現地時間21:15(日本時間で夜中の01:15)、私たちはタシケントに着陸した。
わらわらと黒い頭の日本人が集まって、彼らだけのために用意された(何しろチャーター便だ)Passport Control と税関とを通過する。建物の中も暑かったが、外に出るといっそう暑かった。夜なのに、だ。でも大丈夫、これなら中国の豊都よりずっとマシ、などと思ってみたりもする・(致し方ない、向こうは地獄への入口だったもの・)。バスに乗ったらなんと、座席に1本ずつミネラルウォーターの大瓶が転がっていた。ガスなしの1.5リットル入りだ。ウズベクの旅行社からのプレゼントだそうだ。なかなか粋なことをする。
バスの中でワイエスさんに両替をしてもらった。$10で313スムになる。が、何も使いようがないので、これが高いのかそうでないのか何なんだか、物価の感覚は掴めない。
バスはホテルに向けて走り出した。思っていたよりもずっと近代的な街並みだ。それに、アジアというよりはヨーロッパ的な雰囲気がする。平屋がない。元社会主義国だから国有の集合住宅ばかりなのかも知れない。道幅は広く(一体どれだけ車があってこれだけの道幅が必要だというのだ?)、街路樹を始めとして木々が目につく。予想と全く違ってその緑の多さ! しかも樹木は一様に背高さんである。沙漠の中、という感じがしない。オアシス都市というのはわかっていたんだけど、オアシスがこんなに緑緑したものとは、予想外であった。ところでこれは翌日以降に気づいたことなのだが、街路樹は、下1メートルくらいが真っ白に塗られていた。それもほとんど全部。これはみんなの間でも話題になり、「虫よけ」説と「ガードレール」説とが出ていたようだ。ちなみに家に帰って父親に聞いたら、「虫よけだろう」と言われた。塗料じゃなくて、薬を塗って(その薬の色が白いのだろう)、下から虫が上がってこないようにしているとかいないとか。ホントかどうかは知らない。
ウズベキスタンホテルに到着し、ロビーでルームカードをもらった。私はワカメと一緒で#736、トコちゃんとローラは#702だった。ちょうど右端と左端で、とても遠い。鍵はその階のコンシエルジュ(鍵おばさん、という方が合ってるかも)にもらう。
さて、と部屋に入ってみたら、広さはまあまあなれど、設備がこりゃまるでトルコの安宿。お懐かしい、と思わず声をかけたくなるようなかた〜いベッドに、毛布とも云えないような茶色い布きれがかかっている。別にいいけど、これで三ツ星っていうのはちょっと…。しかも窓が閉まらない! ワカメは吹きっさらしに弱いたちなので、なんとかならないかとワイエスさんを呼びに行った。ぼーっと待ってたらワイエスさんがスルーガイドのロベルトとやってきた。ロベルトに頼んで閉めようとするが(さすが男性は力が違う)、やっぱり閉まらない。諦めて隙間にタオルをつっこむ。今度来るときはガムテープを持ってくるといいかも。どんな部屋でも目張りが出来るから。ワカメは部屋を変えたいようだったが適わず、ちょっと不服そうだった。
窓騒ぎのあとで荷物を開け、湯沸かし器を取り出してお湯を沸かす。明日の道中のお茶もいれて、全部で4杯沸かした。
02:00頃、後かたづけを済ませて就寝した。
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