2012年2月の定例講座
時の歴史学:植民地時代先住民文書の分析から
講師:大越 翼先生(上智大学外国語学部教授)
2012年2月18日(土) 東京外国語大学本郷サテライトにて
植民地時代のシウ家をはじめとするマヤ先住民貴族が作成した書類には、彼らが現実をどう捉え、それに意味を与えていたのかを読み取ることができる鍵が隠されている。その 一つが、「時」である。
そこで『ユカタン・ヤシャ村シウ家文書』を題材にして分析を試みた。この文書は、土地権原証書("Memoria de la distribucion de los montes")と、シウ家の子孫が貴族としての権威と特権を維持するために植民地政府とやりとりした一連の法的文書の2部からなる。
前者では、過去(kahlay)と未来(uchmal)は相互補完的関係にあり、文書それ自体は未来の使用に開かれている。だが、未来でとるべき行為はすでに証書に規定されており、未来は過去に予測されているという意味で円環的時間の論理に沿って書かれていると考えていい。
一方後者は、この時代の公式の「時間」と結び付く。現在(hele)は権力者と結び付いた時間に支配され、様々な限定詞がこの時間には付与されており、人間の一生の長さ以上のものを求められていない。この、権力が時間を統御するという考えは、先スペイン期の伝統 を色濃く残している。
現代の我々には日付は単なる表記にすぎないが、マヤ人にとってスペイン人が持ち込んだ西暦は「権力者の時間」を意味し、スペイン人の「宇宙」の中にそれに相ふさわしい場所(地位)を与えられない限り、その時間=宇宙のエネルギーを享受し、行使することはできなかった。したがって、植民地時代を通じてシウ家の人々は先スペイン期から連綿と続く時の概念を維持しつつ、これをもって「新しい時間」を解釈してきた。
一見スペイン人が作成する文書と同じようにみえる先住民文書には明確なマヤ人の息吹を見て取れるのであり、時間と権力と、それが棲む空間と同じものと見なし、自らの生きる現実を3つの異なった時間が交錯しあうものと捉えられていたことが垣間見える。
次回2012年3月17日(土)は、福原弘識先生
(国立民族学博物館外来研究員)による
人々の暮らし:テオティワカンの事例から
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